大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)357号 判決

別紙目録記載の本件家屋は昭和八年頃控訴人によつて控訴人ら家族の居住の目的で建築され、控訴人ら家族がここに居住し控訴人はそのご平塚市平塚東海岸三、五七一番地に家屋を新築し、母フクを本件家屋に残して家族とともに平塚市の家屋に移転した。その後戦争による空襲の激しくなつたころ、フクも平塚の家屋に疏開し、本件家屋には終戦後控訴人の長女絢子夫妻が三年間程居住していたが、昭和二四年七月三〇日頃同女らが他に移転するに際し前記のようにこれが被控訴人に賃貸されるにいたつた。本件家屋はもともと他に賃貸する目的で建てられたものでなく、控訴人やその家族のものの居住用に建てられたもので、控訴人はこれの建築につきたとえば二階の床の間の床柱に黒檀を使い、一階六畳間は五号金庫および四段抽出の箪笥をはめこむことのできる構造にする等自己の居住に便利なように意を使つたもので、同日頃被控訴人にこれを賃貸するに際しても、ゆくゆくは自己およびその家族がこれを使うつもりであつたが、当時長男孜夫がいまだ学生であり、その卒業までになお、二、三年の余裕があつたため、同人が卒業して世帯をもてばここに住まわせるつもりで前記のとおり、特に五年間の賃貸借の期間をきめたのである。その後孜夫は学校を卒業し昭和二六年四月から日本放送協会に勤めるようになつたので、控訴人は生来あまり丈夫でない長男孜夫のため、平塚市の家屋から右の勤務先に近く通勤に便利な本件家屋に孜夫とともに移り住まうと考え、前記賃貸借の期間の満了すべき昭和二九年七月二九日の前後にわたり、被控訴人に対し直接あるいは被控訴人の妻の兄に当る前記伊藤信一を通じて期間満了を理由に本件家屋の明渡を求め、その交渉につき警察に仲介を願いでる等種々手を尽したが、被控訴人は自己の通勤に便利である等のことを理由にこれを肯んぜず、その後なお交渉を重ねた末、控訴人に対し今後五年間のうちに何とか立ち退かすようにするからと約した伊藤信一の仲介で、長くとも三年間と主張する控訴人とそれでは短かすぎると主張する被控訴人との間に、結局昭和三〇年一月頃、期間を五年とする前認定のような賃貸借更新の合意がまとまつた。しかし、右の更新された賃貸借の期間の満了する昭和三四年七月三一日にいたつても控訴人は被控訴人から本件家屋の明渡を受けることができなかつたので、その頃被控訴人を相手方として家屋明渡の調停を申立て、右調停は同年一二月頃までの間七回にわたつて調停期日が開かれたが、被控訴人の要求する立退料の額等の関係でこれが不調に終り、同月控訴人は本訴を提起するにいたつた。

昭和三四年七月三一日頃の控訴人方の家族構成は控訴人夫婦と長男孜夫夫婦にその子供一人(昭和三五年頃もう一人子供が生まれた)であり、当時、右家族は平塚市の控訴人の家屋に住んでおり、控訴人、孜夫はそれ以前からいずれも東京に通勤するために往復に相当の時間を費していたが、とくに孜夫は生来体質が丈夫でないことと、勤務先の日本放送協会の経理関係の仕事が時間的に不規則で残業時間が長くなることがある関係で、長時間の通勤に不都合を感じており、ことに昭和三五年一二月係長になつてからは残業時間も長くなり、長時間の通勤にたえがたくなつたのでその頃東京都新宿区四谷四丁目一二番地に家賃一ケ月一万円で六畳、三畳の二間を借り昭和三五年はじめ頃その妻と子供二人とともにここに移転し、その後家主の希望で同じ場所の他の部屋に移つたが、そこの家賃は一ケ月一万五、〇〇〇円であり、そこから日本放送協会に通勤して現在にいたつている。そのため控訴人としては経済的な理由でも、またその他の生活の便宜のためにも、是非本件家屋に孜夫とその家族を住まわせる必要に迫まられている。

また控訴人の平塚市の家屋は、同市の都市計画による土地区画整理事業施行地区内にあり、同事業の施行によりその敷地約二〇〇坪の中に巾員一八米の道路が貫通する予定になつている関係で、昭和三四年以前より同市から家屋の移築を求められており、この点からも控訴人はこの際平塚市から本件家屋に移住したい希望をもつている。

一方被控訴人は西銀座六丁目にある平山堂という美術骨董店の支配人として同店に勤めており、骨董商の集りである美術クラブにも足繁く通う必要のあるものであるところ、右平山堂および美術クラブはいずれも本件家屋に近くこれらに通うのに本件家屋は非常に便利な場所にある。被控訴人が当初本件家屋を賃借するに際し、その所有する土地等を売却して工面した金八万円を権利金として支払い、本件家屋を賃借するにいたつたのも主としてこれの場所的関係を考慮したがためである。被控訴人の家族はその妻と子供二人であつて、いずれも本件家屋に居住しているが、今これを明渡すとき、附近にこれの代替家屋を見つけることは容易でない。

かような事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

右認定事実からすれば、なるほど被控訴人に本件家屋を必要とする事情のあることが分るのであるが、本件賃貸借の成立およびその更新のいきさつ、特にその更新の際の期間の定められた事情等を考慮し、本件家屋の使用についての双方の事情、必要性の程度を比較衡量するとき、控訴人には前示更新にかかる本件賃貸借の期間満了の際さらにこれが更新されることを拒絶するにつき正当の事由があるとみるべきである。

(谷本 堀田 海老塚)

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